こんにちは。
今回は、大河ドラマ「べらぼう」で平賀源内が田沼意次に振舞ったあんころ餅の雑煮(あんもち雑煮)について解説します。
あんころ餅の雑煮は源内出身地である香川の郷土料理
「べらぼう」で出てきたあんころ餅の雑煮は、香川の郷土料理です。
郷土料理なので家庭によっていろいろなアレンジがありますが、大まかには以下のように定義されています。
餅はあんもちを使用
一般的なお雑煮は何も入ってないノーマルな白餅を使いますが、あんもち雑煮はその名の通りあんもちを使います。だし汁の塩気とあんの甘味が合わさって甘じょっぱい味わいになります。
ダシはいりこ(煮干し)ダシ
ダシはいろいろなパターンがあるようですが、一般的なあんもち雑煮のダシはいりこ(煮干し)とされています。農林水産省のあんもち雑煮を紹介するページでも「煮干しでとっただし汁に~」との記述があります。
ただ、いりこ出汁という点は土地柄も大きく関わっているはずです。というのも、香川はいりこの一大産地だからです。
特に、香川県の伊吹島産のいりこはブランドいりことして有名です。
伊吹いりこは漁場と加工場が非常に近く、漁獲から加工まで一貫生産体制が確立しています。つまり鮮度抜群の状態で加工されるので臭みのない格別の風味と味わいを楽しむことができるのです。
あんもち雑煮だけでなく、讃岐うどんにもいりこはたくさん使われています。
味噌は白味噌
香川の白味噌は1156年の保元の乱以降に讃岐地方に広まったとされています。保元の乱で讃岐に流された崇徳上皇に京都の白味噌が差し入れられたのが始まりで、それが広く定着していきました。
今でも香川県で作られる味噌のほとんどは白味噌です。
人参や大根は丸のまま
あんもち雑煮には丸い人参や大根が入ります。普通、お雑煮の人参や大根は扇形か半月に切ったものが多いですが、丸く切るには理由があります。
「すべて丸く円満に収まりますように」
との思いが込められた縁起かつぎだそうです。やはり新年最初にいただくものですからおせち同様に新年への期待が込められているというわけですね。
最近ではグルメ番組やバラエティ番組で紹介されることも多いので、あんもち雑煮の存在を知らないという人は少ないかもしれませんね。
あんもち雑煮の作り方
いりこでだしを取り、円満祈願の丸く切った人参や大根を煮て、あんもちを入れた後に白みそを溶き入れて作ります。
最近ではグルメ番組やバラエティ番組で紹介されることも多いので、あんもち雑煮の存在を知らないという人は少ないかもしれませんね。
作り方いろいろありますが、農林水産省が動画を公開していますのでそちらをご紹介します。
あんころ餅を入れるのは庶民のささやかな贅沢
今でこそ、砂糖と言えば白砂糖ですが、江戸時代は黒砂糖が主流で白砂糖は輸入ものばかりでした。そこで幕府が各藩に白砂糖作りにチャレンジするよう呼び掛けたところ、高松藩が白砂糖の製造に成功、藩の財政を支える一大産業に成長します。
しかし、一般庶民には白砂糖はおろか甘味自体が贅沢品。「せめてお正月くらい・・・」ということで甘いあんこをお餅で包んで外からはわからないようにしたのがあんもち雑煮だったそうです。
史実では江戸後期~明治時代発祥の料理
「べらぼう」では平賀源内が田沼意次に振舞っていますが、実際にそのようなことがあったかは微妙なところです。
なぜなら、あんもち雑煮の発祥は1800年頃(江戸後期)~明治時代と言われているからです。
明治時代あたりから、年に一度、とっておきの砂糖を使った正月の特別な料理として、雑煮に取り入れるようになったのが「あんもち雑煮」のはじまりといわれている。
平賀源内が生きた時代は1728年(享保13年)~1780年(安永8年)です。「べらぼう」のシーンが1760年~1770年としても、微妙に早いんですよね。もちろん、100年以上も違うというわけでもないので、全くない話というわけでもないですが。
ただし、源内と意次の実績を見ると、あんもち雑煮の交流があっても不思議ではありません。
なぜなら田沼意次は殖産興業を各藩に奨励した人物であり、一方の平賀源内も物産展を開催するなど、地域産業の振興に深くかかわっています。
その過程で香川で生まれたあんもち雑煮を田沼に振舞うという話は時代背景さえ合えば十分ありうる話です。
というわけで最後にあんもち雑煮を簡単に作れる商品をご紹介します
こちらはあん餅。冷凍なので日持ちします。
そしてこちらはカルディでも取り扱いがある白味噌仕立てのお雑煮の素。いりこだしではありませんが雰囲気は十分味わえるかと思います。
話しのタネに試してみては?